なみだあつめて。

キラキラ壊れるつくる描く

桜が咲いたその後には

桜がきれいに咲き誇って散る頃に

わたしの心の蕾が開いて笑うだろう

 

花びらを散らせるそよ風が

夏を連れてきて

新緑が生えるとき

爽やかな香りとともに

あの人を連れてやってくる。

 

今は涙をひらりと流し

いつかの契りを交わす

 

それが無くなろうとも

胸にはひかりと、温もりを保ち

そしてまたいつかをみて待ちつづける

 

 

また季節が巡り時が来て

あの風と雲と一緒にあのひとがやってくる

 

 

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死ぬとき

きっと僕はかけなくなる

 

今みたいな文章も絵も、ぬりえも。

 

きっと僕はできなくなる

 

今みたいに何かを考えたり、感じたり。

夢をみたり、想像したり、空想したり。

 

 

きっと僕は何かを捨て続けてる

 

だから今みたいにずっとこどもでいられない

 

僕がぼくでなくなっていく

 

音を立てて崩れ出す

 

 

こわくて今日もうまく眠れない

 

こわくてこわくて

だけど一日経つごとにひしひしと感じるんだ

 

 

ぼくが僕でなくなっていく

 

その時がどうかゆっくりになりますように。

 

ぼくが僕であるために

 

ずっとかいていく

 

 

ぼくが死んだとき。

それは肉体よりもはるかにこころが先だろう。

 

だからその時がどうか

ゆっくりやってきますように。

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ないている

ないている

 

 

君がないている

 

僕もないている

 

 

鳥がないている

 

ねこがないている

 

朝、ニワトリもなく

 

隣のおじいさんがないている

 

 


こどもたちがないている

 

おかあさんがないている

 

おとうさんもないている

 

どこかで誰かがないている

 

戦争がおこってる ないている

 

どうぶつたちがないている

 

 


地球がないている

宇宙もないてる


みんなないている

ぼくのちかくできっとそこでも。

 

それがきこえてる?

 

おこったり


あきれたり


しらんぷり


ちかくで今日も

ちいさくておおきい戦争が

おこっては消えていく

 

 

ぼくらは知らない

 

みたくないものはみないから

 

 

ぼくたちは知らない

 

ほんとうにそれでいい?

 

ぼくの手はちいさい

 

ぼくはなにももっていない だけど

 

 


だけどぼくにはこころがある

 

あしとてとくちもみみもめも。

 

だからぼくはなく
ぼくはわらう
ぼくはうたい、
ぼくは絵を描く
ぼくはきみとお話しをして
ぼくはきみと何かをつくる
ぼくはみんなと手をつないで
ぼくはみんなとけんかして
ぼくはたくさん誰かをゆるして
ぼくはたくさんのひとをすきになり
ぼくはたくさん愛していくんだろう
そしてぼくはみんなとおおきくなっていく


ぼくの手はちいさい

 

ちっぽけで何もできない

 

きみがないている

 

 

きっとそばで誰かがたすけてとないている

 

 

ぼくはみみをすます

 

 

きっとちかくで今だって。

 

ないている。

 

 


ぼくはきみの手をぎゅっとにぎった。

 

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私の父の話をしたい。

 

まず私の父はとても明るくて気さくな人柄である。

食べる事が好きで、料理もよくする。
腕前は確かで美味しい。その影響で私はとても舌が肥えてしまった。父の日課は毎週日曜日の朝に漁港に行って新鮮な魚などを買って帰ること。そのおかげで私は中学1年生の頃から魚を捌けるようになった。父は仕事を真面目にして愚痴らなかった。幼少の頃からそんな父が大好きだった。

 

 

中学に入って私は学校を休みがちになっていった。当時理由が分からず申し訳ない気持ちでいっぱいで本当に苦しい日々だった。様々な原因が重なり合ってのことだったからだと思う。その大きなひとつが母親との関係だった。私は母の何気無い会話の一部の言葉にとても深く傷ついていた。悪気がなかっただろうが辛かった。しかし休んでいる原因にしてはいけないと自分を抑え、むしろ責めた。心を無にし、何を話しかけられても私は黙りを決め込んでいた。そうすることで自分を守った。

 

ある日とうとう限界がきてしまい父に母のことで相談しようと手紙を書いた。手紙を要約すると母のことや黙っていたことを二人きりで話したい、助けて欲しいという内容だった。手紙をあんなに真剣にそして思いが伝わるようにと書くことはこれから先の人生でもそう無いだろう。その位切羽詰まっていた。震えながら渡した時の父の顔を今でもはっきり覚えている。渡してから“私は二人で話がしたい”と念を押して伝えた。父は「来週の土曜日に。」と言ってくれた。私はもう大丈夫と心の底から安心して泣いた。毎晩うまく話せるよう練習した。しかし少し経って約束の日に父は姉も誘って食事を行こうとしていたことを知った。私はそれとなく約束のことを聞いたが何とも思っていないのか、忘れていた。とても裏切られた気持ちになり一晩中泣いて泣いてわんわん泣き散らした。きっと手紙も読んでいないんだろう。期待した自分が悪いんだと責めて責めて悔しくて悲しくてぐちゃぐちゃだった。この時の気持ちは一生忘れない。

 

ずっと前から父に対しなんとも言い難い違和感を抱いていた。父は父で「ある」が父を「する」ではないということ。外では少しばかり“父”を感じても家では“父”を感じられないというような感覚。父は人に同情しないひとなのだと今になって私は思う。子供であってもそれは変わらず悲しみを受け止め、寄り添って一緒に悲しんでくれることはない。

 

母と揉めると私が悪くなくとも父は母の味方をする。逆も然り。母は父にとってかけがえの無い最愛の人であり、いちばんなのだ。母だってきっとそうだ。そんな母は無敵なのだ。母に父は私と違う態度で優しく慰めるのだろう。

 

父には感謝しているし、好きだ。だけど父のことを許せない。でも父のことを責めることも出来ない。だってとてもカッコいいから。何があっても母が悪いと分かっていたとしても愛する人の味方であり続ける父はとても素敵だと思うから。

 

私は父のことが許せない。普段忘れていても度々あの時の思いが顔を出す。

私は父が許せない。だけど私も父のように誰かのいちばんでいたいし、いちばんに想いたい。


心からそう望んでいる。いつの日か出会うその愛する人があの時の私ごと慰め助けてくれるだろう。そしてその時、父を許すことが出来るんじゃないかなと信じ、願っている。

 

必ずしも親は自分のことを理解してくれる訳ではないことを私は知った。悲しく聞こえるが悲観することも無い。

きっと私には私の心の居場所がどこかにあるのだ。
私はまだ見ぬその場に希望を見出し今の私らしく前に進もうと決めた。


最後に、母にその場を与え続ける父はやはり凄い人なのだ。

 

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