なみだあつめて。

キラキラ壊れるつくる描く

死なないといけない

そう思うのは何故なんだろうな

私はわたしの人生しか生きられない他人は他人の人生を生きるのだ

そう根本的に考えているから、わたしは付き合うのも結婚するのも、抵抗を感じる。

わたしは相手の為に優しくして尽くすことができない、その行為は本質的に自分の心を抉る

ずっとさみしくてそれでも信じ続けて、しっかりしなくてはいけない、やりたくないことをやるべきことだと捉えてやってきただけの私にとって、あまりにも世界は冷たく感じてしまうのだ

その個人は個人として存在する様が当然な、自然なことがあまりにも殺風景で、切なく、たまらなく恐ろしい。

私は誰かに一度でも委ねて、私をやめてしまいたかった。その為に愛されようとした。かわいくいたかった。存在で、肯定されたかった。行為で、能力ではなく、ただそばにいてくれるのが幸せでたまらないと思われたかった。それを望むのはとてもハードルが高く、極めて難しいのも重々わかっている。

そんな私が人を愛おしく思うのなんて本質的に理解できるはずが無い。

私の人生はゲームなんかじゃない。

やり直しなんて効かないのだ。生き返ったりもしない、死んだりもできない。

その場で留まるのさえ、できやしないのだ。そういう風になっている。

人生は長い、遊んだり、笑ったり、途中で休憩してもいいっていうような言葉を何度も息がつまるほどみた。

そんな時間なんて、ありゃしないではないか。誰がそれをくれるのだ。自分の休息や安らぎさえも、自分で血を流しながらもぎ取るものではないか。

嘘つきばかりが、優しい嘘をついて、なんでもない顔をして生きている。ただそれが普通で日常なのだ。

幸せは誰もくれない

血を流して、食べて、もがいて、這い上がって、蹴っ飛ばされて、それでも地蔵のように耐えて、赦し、そうやっていくことしか私は知らない。

死なないといけない

それは、私がちゃんと傷ついて、それでも人に優しく、耐えて耐えて進んできた結果だからではないか。

私が真っ当だからでないのか。

ただ生きる、ただ自分の存在を肯定できるのは、運が良かっただけではないのか。その幸運に感謝しているだけではないのか。

私は間違っていない、

誰も助けることはできない

物理的にも、精神的にも、

負けたくない。

私は幸せになりたいのだ。

幸せになれないなら、苦しいだけなら死んだ方がいいと思うのは当たり前だろう